匿名F氏の野望ブログ

Fによるブログ。

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ここには とても こわいことが かいてあるので こどもが みては いけません。

コミケ堕ちました。

 申し込みに失敗したC93を除き、C95は自分にとって初めての落選となった。

アンケート

Q1.コミックマーケット94についての感想、またコミケットに対するご要望、ご感想を。

社会の害毒となる事を望んでいるわけではなく、むしろ完全にその逆の理由から人間が頭で考えて手で作った図像に対して一部であっても目隠しを掛けさせる行為は商業・同人を問わず人間という存在に対して不誠実な行為であるとともに、一部の図像表現をワイセツ行為とみなし政治力によって禁止したいと考えている人たちの主張を段階的に認め、助長するものと私は考えているので貴会が参加者や印刷業者に対して行っている「指導」を取りやめる事を希望します。と、言っても私ももうそれは無理だとしても、ガキ大将の機嫌を損ねないように小突かれるのをずっと我慢し続けても、いつか来るぶん殴られる日は避けられないと感じるのです。

  などと申し込み時にボロクソに書いて応募したのが良くなかったのか、それとも段々いい加減な本しか作らなくなってきているのを見咎められたか、単にくじ引き運の問題かわからないが今回はお休みである。

 正直なところ、どう頑張ったところで今の生活スタイルの中に同人誌のための原稿作成と編集・印刷発注作業を割り込ませることは出来なくなってしまっていたので、残念ではあるが、受かっていたところで後味の悪い結果しか出せなかっただろうから、まあガッツのある若い方に譲るという意味で清く諦めるべきなのである。

 さらに思うところを述べれば、冒頭に引用したアンケートの回答の様に、合意が形成された人間同士の表現と頒布に於いても、描いて良い事と悪い事を勝手に決められて線引きされるのであれば、コミケというイベントの意義は半分失われたものと感じていて、それも相まって自分がコミケに参加し続けることに意欲を失いつつあった。

 ちなみに残りの半分は所謂「対面販売」であり、これは貴重な機会であって今後とも続けていければ嬉しいと考えている。(自分の都合で本が作れないのにこう言うのもなんだが)

 あと申請作業が僕にとっては毎回ものすごく解りづらく、非常に苦痛であった。

 今回はメールが来なかったので自分がたぶん落選したであろう事を確認するために、どこを見れば良いのか全く分からなかった。メールが来なかったのは落選したためか、当落メールの登録に不備があったのか何れかわからない。

 申し込みとは別にメールアドレスを(しかも期日を切って)登録させられる事も実施団体が別とはいえ不可解だし、もしも落選者には通知しないというのであれば、それは不親切であろう。

 参加者はお客ではないというのは理解できるのだが、よくこれで皆んな迷わずやっているものだと思う。

 

 もうこうなれば、この先は巨大客船で公海上にくりだして世界中の港を回り無制限に乗船希望者を受け入れ、虹の戦士号よろしく規制御免で無制限な頒布会を催してほしいところだが、領海を脱した瞬間、ひそかに派遣された菊と錨の潜水艦の魚雷で「エロオタホイホイ号遭難事件」などと末代まで嘲笑される結末になるのであろうか。

 

 

 別に俺は性器描いて生活費稼ごうととは思ってないけど、写真のように被写体があるものでは全然なく、ただ紙の上に引かれた線の形がどうのとか変じゃね。

 女性器よりも男性器の修正要件の方がはるかに厳しいのも妙だし…。

 

 まあ、全部落ちた腹いせの愚痴ですけど。

歴史的な変化だからといって劇的とは限らないし、必ずしも大きな出来事に結び付くわけではない。しかし…

togetter.com

 本論に入る前に自分の事など。

 私は産まれつき脳にある種の傾向がある可能性が高く、自分自身の普段の行動に悩まされていた。

 会社員になって一番困ったのは営業車(トラックやトレーラーヘッドではない普通の自動車)の運転とエクセルだった。

 車に関しては普通自動車(今でいう中型)免許を学生時代に取得していたし、エクセルに関しては早くからVBAで定型の処理を行っていた。

 しかし、この二つは全く自分にとっての敵でしかなかった。

 運転については後述するとして、エクセルの問題について強引に例えると、定期的に組み変わる内容の羅列する十個の数字を計算するために

public static void main(String[] args) {
    int i[ ] ={8,7,4,5,1,0,6,9,8,4,6};
    int v=0;
    for (int k=0 ;k<10;k++){
        v=v+i[k];
    }
    System.out.println(v);
} 

という式が課内に用意されていて、この式を他のメンバーと共有しつつ必要に応じて必要な個所を計算の都度書き換えるルールになっているとする。

 正気の沙汰じゃないだろう。

 でもエクセルってこうじゃない?

 データと計算が分離されてなくて、データの数の増減に応じて計算式を変更しなければならなく、しかも実際のエクセルではいやらしいことに画面操作で間を飛ばして計算できたりするが、表面上飛ばされた箇所はわからない。

 ちなみに、実はこの例では命題より一つ多く数値があって、都合十一個入っているので計算の係になった人はk<10をk<11に変えなければ「間違えた」結果が静かに表示される。

 

 僕はこれまでこうした静かな計算式の相違で、何度も何度も請求書を間違えて何度も何度も怒られて何度も何度も頭をさげてお客さんに出しなおした請求書を差し替えをしてもらった。

 他にもファイルの上書き間違い問題とか、別名保存有効ファイル迷子問題とか、シートの再計算指定がいつも間にか無効になっている問題とか、単独シートに入力のつもりが複数シートを指定中問題など、ありとあらゆる再現性のない(というか計算のたびに何が起こるかわからない)問題に悩まされてきた。

 本当に不思議なことに他にこういう問題で悩んだり失敗する人は全くいなかった。

 

 そして僕にとって車の運転というものは、こういう静かな間違い操作の結果が自他の生死を冗談ではなく本当に一瞬で決してしまうものであった。

 が、普通の人はそういう間違いから事故を起こしたりしない。

 

 そんなわけで、僕は自分の脳みそのおかげで禄でもない人生しか歩めなかったわけだが、今日はある出来事があって、人生の重要なパーツについて実に三十年以上の遅れを経て、普通の人というものがどういう過程でそれを組み立てているかという事をごくうっすらではあるが、初めて、初めて、やっと、やっと、わかった。

 バンザイ。

 

 人間には三種類しかない、男と女とXXXだ。

(続)天国は四次元のように

 前回の続き。

 私の勤めている会社に関連する業界で作業の自動化に向けた動きがあり、それに対して職が失われる事を理由に業界労組(産別)は全面対決する様相を見せている。

 この話はあくまでも私の仕事に「関連」する業界の話で、私がいる業界の話ではないので仕事内容についてはあるていど推測で、かつ、何の業界かは明らかにできないのでフェイクだが、その業界は「モジュール化された部品で高層ビルを組み立てる現場作業」を請け負っている。

 この仕事は過去に労災も発生しているほど非常に危険なで、かつ野外であるにもかかわらず台風以外は悪天候であっても作業を休むことができない過酷な3Kの代表とも言えるものである。

 したがって、この仕事を遂行するためには非常に高度な経験知識と忍耐が必要となる半面、モジュールの組み立てという特性上から、完成成果物の品質は俗人化されず一様である。

 だから品質、コスト、安全性、どの観点からも機械化することにデメリットはないのだが、唯一の問題は失業者を生んでしまう事である。

 そしてこうしているうちにも、個人を部品のように扱う国々ではこうした問題はもみ消されるから自動化がどんどん推進され、二十四時間ガンガン機械が稼働して、価格競争に敗れた日本国の労働者はよりひどい待遇に追い込まれる。

 

 世襲の金持ちとか、経営者の子息とか本人の自覚は別にして周囲の働きにただ乗りしている人たちが大勢いる反面、働かなければ存在を消される人たちは自らの生き方を選ぶ事すらできない。

 

 それは「ベーシックインカム」とか、そんなもので解決できるものではないと思う。

 

 他にも書きたいことはあるので、天国の話は機会があれば続けるかもしれません。

 

<ここで建築業的なものを取り上げていますが、これは比喩であり実際の業種を隠ぺいするためのものです。建築業とは何の関係もありません、念のため。>

天国は四次元のように

 身辺を整理する必要が持ち上がって、せっかく机を数か月ぶりに使用可能としたにもかかわらず、この文はノートパソコンを喫茶店に持ち込んで書いている。

 机の下はまだ手つかずで、足が机の下に入らないため使いづらいというのはあるのだけれど、なぜ旧式の重い機材を持ち運んでまで家では書きたくないのだろうと色々考えていたのだが、おそらく今使っているノートパソコンは割りに遅めなのだが「外出先でも作業ができる」という利便性の中に相対的な価値を見出しているのだと分かった。

 

 アニメの一休さんのなかで、桔梗屋の主人(だったと思う)が一休さんに天国と地獄というのはいったいどういうものなのか見せて欲しいと絡まれた時に、やにわに数珠で桔梗屋主人の首を締め上げた話をまたしても思い出した。

 絞められている時が地獄で解放された時が天国というオチなのだが、これは世の真理を言い当てた子供の見る番組にしておくには惜しい秀作である。

 

 他にも書きたいことは多いのだけれど、疲れがひどいのでこのあたりで。

 

やることが何もない

 既に昔のように感じられる今週から始めたばかりの断筆だが、もうやることが何もない。

 子育てと出世レースを終えた僕と同世代の人なんかは、ちょうどこんな毎日なのだろう。もっとも境遇は全然ちがうけれど。

 

 今日は[所属,社員]というテーブルを社員の側から所属を逆引きできるように、[所属,社員]as Aー[社員,所属]as Bという自己相関結合テーブルを、やりかたを一から復習しつつ半日がかりで作り、その後B.社員でソートしてデータを出して得々としていたのだが、もとの[所属,社員]に対してorder by 社員すればよいだけだったことに帰りの電車の中で気づき自己評価は再び地に落ちる。(CSVでエクセルに入れることが目的なので)

 手段の目的化とはこのことである。

 

 帰宅後の空いた時間は掃除をするつもりだったのだが、結局酒を飲むことにする。

 それでも人生をトータルで見れば、晩酌の方が創造行為に心血を注ぐよりはるかに有意義な行為なのだ。

あっても幸福になるとは限らないが、無いと必ず不幸になるもの。

 まあ、お金と家庭でしょうね。

 

 やっと一話ネームを描き終える。

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(右上の女の子は話と関係のない落書きです。全部モザイクなのも味気ないので…)

 

 シノプシスの段階で予定していた内容の半分以上積み残して、それでも予定二十ページのところを一ページ押して二十一ページになった。

 

 作中、家から最後の同居人である父親が出て行った事を知り狼狽する引きこもりの主人公に「そんなにお父さんのことが大事なら、もっとお話してあげればよかったのに」と家庭教師の一人から彼の父が寂しがっていたことを打ち明けられるシーンを出す予定だが、このあたりは自分と父との実生活の後悔から来ている。

 僕の父は僕の生き方に最期まで納得できずに首を振っていたが、せめて話くらいはしておけばよかったと思う。

 

 と、滑り出しを見せた製作も今日から再び無期延期となり、なりゆきによっては筆を置くことになる可能性もある。

 せめて丸チョンのネームに表情くらい描きこみたかったが、自分にとって前向きな事情というものがあるのだ。 

世界を創造し、時間を遡れる特権。

 まだ決まっていない部分も多いが世界は混沌から始まるものだし、なんとなれば手直しだってきく。

 むしろ行きつ戻りつしながら整えていくことに辛抱強く耐えていく方が良いものができるだろう。

 だから、明日からいよいよネームに着手する。